大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成10年(行ウ)29号 判決

原告

深谷とみ子

右同所

原告

深谷寛

原告

深谷美智子

右同所

原告

深谷善永

原告

早川英子

右五名訴訟代理人弁護士

服部優

被告

半田税務署長 服部一雪

右指定代理人

長谷川鉱治

同右

小林孝生

同右

山崎俊二

同右

服部光孝

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告らの平成六年一二月二五日の相続開始に係る相続税について、平成九年六月六日付けで原告らに対してした更正処分及び原告深谷とみ子、同深谷美智子、同深谷善永、同早川英子に対してした過少申告加算税の賦課決定処分、並びに、同年七月三一日付けで原告深谷寛に対してした、過少申告加算税の変更決定処分を、いずれも取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、相続税の申告に際し、被相続人が生前土地の売買契約を締結していたものの、代金の全額は受領しておらず、所有権も移転していなかったので、相続財産は右土地自体であるとして原告らが相続税の申告を行ったところ、被告が、相続財産は右土地自体ではなく、右土地の売買残代金債権であるとして、原告らに対し、相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分並びに過少申告加算税の変更決定処分をしたので、原告らが被告に対し、右各処分はいずれも違法であるとして、その取消しを求めたものである。

二  争いのない事実等

1  原告らの被相続人深谷剱一(以下「剱一」という。)は、平成三年一二月三日、株式会社豊田開発機構(以下「豊田開発」という。)との間で、別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)を、六六二八万三一二五円で売り渡すとの売買契約を締結し(以下「本件売買」という。)、同日、豊田開発から契約手付金六六五万円を受け取った。本件売買の条件は、次のとおりである(甲二)。

(一) 代金支払時期

(1) 契約手付金(六六五万円)契約締結と同時

(2) 中間金(契約金額の三〇パーセント)開発事前協議終了後

(3) 残金 所有権移転登記に必要な一切の書類及び物件引渡しと引換え

(二) 物件の引渡しは、農地法五条一項三号の農地転用届出受理後

(三) 所有権移転時期は、売買代金完済、物件引渡しの完了時

(四) 所有権移転登記申請の時期は、物件引渡し完了の時から即日以内

2  平成六年一二月二五日、剱一は、本件土地の引渡し及び売買代金の完済前に死亡し、相続が開始した(以下「本件相続」という。)。

剱一の相続人は、原告深谷とみ子(以下「原告とみ子」という。)、同深谷寛(以下「原告寛」という。)、同深谷美智子、同早川英子、同深谷善永(以下、原告五名をあわせて「原告ら」という。)、訴外深谷きよである。

剱一の相続人の間で、平成七年六月一日付けで、遺産分割協議が成立し(遺産分割協議書は甲一。)、原告とみ子が本件土地の持分三分の二を、同寛がその持分三分の一を、訴外深谷きよが、他の相続人が取得する不動産と有限会社みよし旅館の出資金以外のすべての財産を、それぞれ取得することとなった。

3  平成七年七月二一日、原告らは、別表1「当初申告」欄記載のとおり、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告を行ったが、本件土地の価額を、財産評価基本通達(以下「評価基本通達」という。)により二六二七万四八八〇円と評価し、また、本件売買の契約手付金六六五万円を「債務及び葬式費用」の債務として計上した(甲七)。

4  本件土地については、平成七年八月二日付けで、農地法五条一項三号所定の届出が受理され、同年一二月一八日、原告とみ子及び同寛は、本件売買残代金五九六三万三一二五円の支払を受けた上、本件土地の引渡しを完了し、翌一九日、本件土地について共有名義の相続登記をしていた原告とみ子及び同寛から、訴外内田橋住宅株式会社(内田橋住宅」という。)に対し、所有権移転登記がされた(甲四ないし六)。

5  被告は、原告らが本件相続によって取得した財産(以下「本件相続財産」という。)は、本件土地ではなく、本件売買残代金債権であり、その価格は本件売買代金六六二八万三一二五円から契約手付金六六五万円を控除した残代金額五九六三万三一二五円であると認定し、法廷の計算方法により、原告らの相続税額を別表2の1ないし5のとおり算出し、平成九年六月六日、原告らに対し、右相続税額に基づき、別表1「更正及び賦課決定」欄記載のとおり更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をし、同年七月三一日付けで、原告寛に対し、別表1「加算税変更決定」欄記載のとおり過少申告加算税の変更決定処分(以下「本件変更決定処分」といい、本件賦課決定処分とあわせて「本件賦課決定処分等」という。)をした。

6  原告らは、平成九年六月一一日に、本件更正処分及び本件賦課決定処分について、同年七月三一日に、本件変更決定処分について、それぞれ異議申立てをしたが、被告は、同年九月四日付けで、右申立てを棄却した。原告らは、同月二二日、国税不服審判所長に対し、本件更正処分及び本件賦課決定処分について審査請求をしたが、同所長は、本件変更決定処分についてもあわせて審理した上、平成一〇年二月二七日、右請求を棄却し(甲八の二)、同年三月四日付けで、原告らに通知した(甲八の一)。

三  争点

1  本件相続財産となるのは、本件売買残代金債権か本件土地か。

(被告の主張)

(一) 本件売買は、以下のような事情の下、順調に行われたものであり、本件売買契約が事実上消滅していたような事実は存在しなかった。

(1) 本件土地については、剱一が、平成三年一二月三日に豊田開発と本件売買契約を締結して契約手付金を受領したが、剱一死亡時にも契約を履行することに何ら障害はなく、農地転用届を経由した上で、本件売買残代金の支払を受けるとともに、本件土地の引渡し及び移転登記手続を行うことが可能な状態になっていた。

(2) 本件売買契約締結から本件売買代金完済及び本件土地の引渡し終了まで比較的時間がかかったのは、本件売買が、豊田開発による本件土地一帯の買収事業(以下「本件買収事業」という。)の一環であり、買収がすべて終了してから、本件買収事業の対象となっている土地のすべてについて、一斉に農地法上の届出を行い、残代金の支払及び引渡しをすることになっていたためである。

(3) 剱一にとっては、本件売買契約締結後に地価が下落したため、本件売買契約を存続させることは極めて有利であったし、豊田開発にとっては、いったん着手した本件買収事業を中止することは大きな損失を意味するから、当事者双方の意思としても、本件売買契約を履行する意思であった。

(4) 実際に、当事者双方から本件売買契約解消の申出はされていないし、本件相続開始の約八か月後には農地転用の届出がされ、原告とみ子及び同寛は、本件相続開始の約一年後に、約定どおりの残代金を受け取った。

(二) 本件土地の所有権移転時期について「売買代金完済、物件引渡しの完了時」との特約があったため、本件相続時において、本件土地の形式的所有権はいまだ原告らに残っていたものであるが、右(一)の事情の下では、本件売買契約は、本件相続時において、履行されることが相当程度確実になっていたと認められ、本件土地所有権の経済的実質は、本件売買代金債権を確保するための機能を有するにすぎないものであったから、本件相続財産となるのは、本件土地ではなく本件売買残代金債権である。

(三) 右のように解しても、原告主張のような、二重課税の問題や、租税法律主義違反の問題は生じない。

(1) 原告とみ子及び同寛は、本件土地の内田橋住宅への譲渡について、譲渡所得税を申告・納付しているが、これは、譲渡所得の課税時期が、資産の引渡時とされているためであり、相続開始時の所有財産を基準として課税される相続税とは、その性質を異にするものであるから、原告とみ子及び同寛に対し、相続税と譲渡所得税の両方が課税されたとしても問題はない。

(2) 本件土地については、本件相続時において現に客観的に相当な額の対価で締結された本件売買契約が存在し、原告らは本件売買契約の当事者たる地位を承継しているのであるから、本件土地を相続財産として評価するにあたっては、本件売買代金額で評価することが、相続税の目的や、相続税法二二条の規定する時価主義の観点からも妥当である。したがって、本件相続財産を本件土地とした場合も、本件相続税額は異ならないのであるから、租税法律主義違反の問題は生じない。

(原告らの主張)

(一) 本件相続開始当時、本件売買は、以下のとおり、その続行が危機に瀕していた。

(1) 本件売買契約は、平成三年一二月三日に締結され、同日、契約手付金が剱一に支払われたものの、剱一の死亡までの約三年間、その他の契約上の手続は何ら進展せず、解約手付による契約解除が可能な状態のまま放置されていた。

(2) 豊田開発は、法人形態をとっているとはいえ、事実上は代表者である池尻鉦一(以下「池尻」という。)個人事業であったところ、池尻も、剱一に続き、平成六年一二月二九日に死亡し、契約当事者双方の死亡により、契約の続行は危機に瀕していた。

(3) 原告らが相続税の申告をした平成七年七月二一日当時においても、右のような契約の履行状態は変わらず、農地法五条一項三号の届出がされたのは、本件相続税申告後のことであり、また、本件売買代金の約九割に相当する残代金の支払及び本件土地の所有権移転登記手続がされたのは、さらに法廷の相続税申告期間経過後のことであった。

(4) 本件土地の所有権移転登記原因は、剱一と豊田開発の間の平成三年一二月三日付け売買ではなく、原告とみ子及び同寛と内田橋住宅の間の平成七年一二月一八日付け売買である。

(二) 右(一)のような事情の下では、本件相続時において、本件売買は、所有権が移転したと評価できるまでの履行状況になかったといえるから、本件土地の実質を、本件売買代金を確保するための機能を有するにすぎないものであるとはいえない。したがって、本件相続財産は、本件土地である。

(三) しかも、本件売買残代金債権を相続財産とすることには、以下のような問題がある。

(1) 原告とみ子及び同寛は、それぞれ本件土地の自己持分を、内田橋住宅に譲渡したとして、本件土地の自己持分に係る売買代金について、譲渡所得税を申告・納税しているから、本件売買残代金債権が本件相続税の課税対象となるとすれば、同じ所得について、二重に国税を課することになり、不当である。

(2) 評価基本通達においては、不動産の評価額は、実勢価格を著しく下回る基準にあったところ、右(一)のような事情を持つ本件事案において、本件売買残代金債権が相続財産であるとすることは、実質上は法律上の規定なくして課税(増税)を行うに等しいから、租税法律主義に反する。

2  本件売買残代金債権の取得者は誰か。

(被告の主張)

本件遺産分割協議書には、本件土地を、原告とみ子及び同寛が取得するとの合意が記載されているが、これは、本件売買残代金債権を右両名に取得させることを合意したものと解するのが自然であるから(実際にも、右両名は、本件売買残代金を取得している。)、本件売買残代金債権の取得者は、右両名である。

(原告らの主張)

本件相続財産となるのが本件売買残代金債権であるとすれば、本件遺産分割によって本件売買残代金債権を取得したのは、本件相続財産のうち、不動産と有限会社みよし旅館の出資金以外のすべての財産を取得した訴外深谷きよである。

3  本件賦課決定処分等は適法か。

(被告の主張)

本件賦課決定処分等は、被告が、本件更正処分を前提に、国税通則法に基づき行ったものであり、適法である。

(原告らの主張)

原告らは、従来の行政先例法ともいえる実務の取扱例に沿って本件相続税の申告をしたのであり、当時、本件と同一の先例は見当らず、原告らにとって、本件売買残代金債権を相続財産として申告しなければならないということは、予測不可能であった。したがって、原告らが本件相続税を過少申告したことには、正当な理由があるのであって、過少申告加算税は課税されるべきではない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件相続財産となるのは、本件売買残代金債権か、本件土地か。)について

1  証拠(甲一ないし三、一三の三、一六、乙五、八、証人森本慶三及び原告寛)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 豊田開発は、本件土地を含む周辺の農地あるいは道路等合計二一筆を買収して、マンション業者に転売することを企画して、順次、地権者との間で売買契約をすすめていた。右事業計画の内容は、途中で、豊田開発と内田橋住宅が共同して、土地の開発許可を受けて造成し、マンションを建設して売却すること(以下「本件事業」という。)に変更されたが、土地の買収は豊田開発が行い、豊田開発から内田橋住宅に転売することには変更はなかった。

(二) 本件事業用地について売買契約が締結されたのは、最も早いもので平成三年一一月三日、最も遅いもので平成六年四月一六日であった。各売買契約の締結時期に差があるのは、各土地の売主(以下「地権者」という。)の中で、本件事業に反対する者がおり、反対地権者所有地の売買契約締結に時間がかかったためである。特に、平成六年四月一六日に契約が締結された土地については借地権が付いていたところ、借地権者が、買収された土地にパチンコ店が進出すると思い、これを阻止しようとしたために、契約が難航したものであり、売買契約成立後も、右土地の明渡しを巡って折衝が重ねられていた。

(三) 平成三年一二月三日の豊田開発と剱一との本件売買契約も、本件事業のための買収の一環であり、剱一も、本件事業の内容について知って、本件売買契約を締結したものである。右のとおり、本件売買契約は、買収の早い段階で締結されたものであるが、豊田開発は、本件買収事業がすべて完了してから、全地権者に一斉に代金を支払う予定であったため、剱一は、本件売買契約締結後、なかなか本件売買残代金の支払を受けることができなかった。

原告寛は、剱一に対し、平成六年の始めころ、本件売買契約を解除してはどうかとアドバイスをしたが、剱一は、これを聞き入れなかった。

(四) 借地権が付いていた土地の問題について決着が付かないまま、剱一が死亡した平成六年一二月二五日から四日後の同月二九日に、豊田開発の代表取締役である池尻も死亡した。平成七年一月一八日になって、豊田開発が手がける前に本件土地一帯の買収を計画したことがあり、買収から手は引いたものの内田橋住宅から買い付け証明を取っていた関係で、豊田開発の買収に協力していた日本宅建株式会社の代表取締役である森本慶三(以下「森本」という。)が豊田開発の代表取締役に就任した。

森本は、本件事業を引き継ぎ、本件買収事業を進めるべく、各地権者のもとへあいさつに赴いていたが、同年二月ころ、剱一が死亡した後本件土地について相続人の代表者となっていた原告寛の下も訪れた。原告寛は、森本に対し、本件売買残代金の支払がどうなっているのかと尋ね、本件相続税の支払もあるので早く本件売買残代金を支払って欲しいと申し入れたものの、本件売買契約を解消するという話をすることはなかった。原告寛は、剱一の死亡前から、本件事業に反対する地権者がいることや、そのために本件買収事業がなかなか完了せず、本件売買残代金の支払が遅れていることを知っていたが、本件売買契約を解消することによって、買収に応じている他の地権者の迷惑になることを嫌い、本件売買契約を解消する意思はかなったものである。

森本は、その後も何度か原告寛を訪ね、本件買収事業に必要な替地のあっせんなどについても協力を要請し、原告寛もこれに応じていた。

(五) 平成七年六月一日、本件遺産分割協議が行われたが、本件土地については、本件売買契約が存在し、その履行をしなければならないことを考慮して、原告とみ子及び同寛が取得することになった。

(六) 森本は、豊田開発の代表取締役に就任した後、借地権が付いていた土地について、代金が高すぎるとして、新たな金額での再交渉を始めた。右交渉は、長引いたものの、平成七年七月終わりから八月ころになって解決の目途がついた。そこで、同年八月二日に本件買収事業の対象となったすべての土地について、農地転用の届出が行われ、受理された。

(七) そして、同年一二月になって、全地権者に対し、一斉に残代金が支払われることとなった。原告とみ子及び同寛も、同月一八日に、本件売買契約に基づき、豊田開発の転売先である内田橋住宅から、直接に本件売買残代金の支払を受け、内田橋住宅に対し、登記原因を原告とみ子及び同寛から内田橋住宅への同日付け売買として、中間省略登記の方法で、直接に所有権移転登記を行った。

2  以上の事実によれば、本件売買は、一団となった土地の買収の一環としてされたものであり、買収の進行状況に応じて履行されることが予定されていたものであって、そもそも、履行の完了までには相当の期間を要するものであることが、了解されていたものである。

結果としても、本件買収事業は、その完了までに約四年間という、当事者が予想していたよりも長期間を要したが、それは、本件事業に反対する者がいたり、豊田開発の代表者の交代により、本件買収事業の方針が変わり、交渉をやり直ししたためであって、本件事業が立ち消えとなったり、本件買収事業が不成功に終わるような事情が存在したためではない。本件買収事業の障害になっていた借地権者も、買収を妨害していたというよりは、金銭的に高額な要求を行うための駆け引きを行っていたのであって、その存在によって買収の目途がつかなくなるようなものではなかった。

剱一や原告寛も、本件買収事業に時間がかかっている理由は承知しており、剱一に本件売買契約の解消を勧めたことのある原告寛も、剱一死亡後は、買収に応じた地権者の利益を考えて、本件売買契約の解消を申し出ることはなく、森本からの協力要請に応じるなど、むしろ、本件買収事業に協力的であったものと認められる。

そして、本件相続開始時の段階では、本件買収については、一応すべての地権者との間で売買契約締結が完了していたのであり、本件売買は、履行されることが相当程度確実になっていたものと認められる。

なお、本件土地は、登記簿上、原告とみ子及び同寛から内田橋住宅へ、平成七年一二月一八日売買を原因として、所有権移転がされたことになっているが、右日時に、右当事者間で売買契約が締結された事実は認められないから、登記原因の記載は、中間省略登記のためであると認められ、本件売買が履行されなかったことを意味するものではない。

3  以上によれば、被相続人剱一は本件売買契約に基づく残代金請求債権を有していたものであるところ、後記のとおり、本件土地の一部が農地であり、農地法所定の届出をしないと所有権が移転しないこととなっており、また、契約上、売買代金が完済され物件の引渡しが完了した時に所有権が移転する旨の定めがあり、本件相続時には、農地法所定の届け出もなされておらず、土地の引渡しもされていなくて、本件土地の所有権が売主である被相続人に残っていたものの、前記認定によれば、本件土地の所有権が売主に残っていたとしても、もはやその実質は本件売買代金債権を確保するための機能を有するにすぎなかったのであって(最高裁昭和六一年一二月五日判決参照)、本件相続財産となるのは、本件土地ではなく、本件売買残代金債権であるというべきである。

4  なお、本件土地のうち別紙物件目録記載一及び二の各土地は、いずれも市街化区域内の農地であって、農地以外への転用を目的とする所有権移転のためには、農地法五条一項三号により、農業委員会への届出が必要であり、右届出を行わないで農地の売買を行っても、所有権移転の効力を生じないところ(平成一〇年五月法律五六号による改正前の農地法五条二項、三条四項)、本件相続開始時には、本件土地について農業委員会への届出は行われていなかったものである。

しかしながら、右届出が行われなかったのは、届出を行うことに法律上の障害があったり、契約当事者に本件土地の所有権を移転しないでおく必要があったからではなく、単に、本件買収事業の対象となった全土地について、まとめて届出を行うという豊田開発の便宜のために、当事者双方の意思により届出を保留してあったからにすぎない。右届出が、原告寛の知らない間に行われていたという事実(原告寛本人)も、剱一が、右届出について、生前から豊田開発に委託していたことを窺わせるものであって、届出の時期が豊田開発の都合により自由に決められるものであったことを裏付けるものである。

したがって、右届出が行われていなかったことは、本件相続財産は本件土地か、本件売買残代金債権かを判断するに際し、決定的な事由となるものではなく、土地の所有権の実質が、本件売買代金の担保にすぎないとの右結論に影響を及ぼすものではない。

5  なお、原告らは、右のような結論を認めることは、二重課税や租税法律主義違反を容認することになる旨主張する。

しかしながら、相続税は、相続により無償で取得した財産に担税力を見出す財産税、譲渡所得税は、所有資産の価値の増加益に担税力を見出す収得税であって、その課税根拠を異にしており、右課税根拠の相違から課税時期・課税対象も異なってくるのであるから、たとえ、同一人に両方が課税がされたとしても、二重課税の問題は生じない。

また、本件で原告の指摘する租税法律主義違反とは、本件相続財産が本件売買残代金債権であるとすると、本件土地であるとして評価基本通達により評価される場合よりも税額が増えるから、実質上は法律なくして増税をしたに等しいというものであると解される。しかしながら、右に認定したとおり、そもそも本件相続財産は本件売買残代金債権とみるべきなのであって、原告らが、本件相続財産は本件土地であり、本件売買残代金債権であるとした場合よりも低い相続税額で済むと考えていたことは、原告らの誤解であり、これに反する結果が出たとしても、課税の範囲を拡大したり、増税を行っているわけではないから、租税法律主義違反の問題は生じない。

二  争点2(本件売買残代金債権の取得者は誰か。)について

1  本件遺産分割協議においては、本件土地については原告とみ子及び同寛が、不動産及び有限会社みよし旅館の出資金以外の財産は相続人である訴外深谷きよが、それぞれ相続する旨合意されていることが認められる(甲一)。

そして、本件相続税の申告においては、本件土地は本件相続財産の一部であると申告されているものの、本件売買残代金債権は、本件相続財産の一部であるとして申告されていないし(甲七)、原告寛は、本件相続税の申告までに、本件売買残代金を取得するのは無理であるが、いずれ本件土地を引渡して、本件売買残代金を取得することになると判断していたものである(原告寛本人)。また、本件売買残代金の支払を受けたのは、原告とみ子及び寛である(争いがない)。

2  右のような事情から、本件遺産分割協議を合理的に解釈すれば、右合意は、本件売買残代金がいずれ支払われることを前提に、これを、原告とみ子及び同寛に取得させる旨の合意であると解するのが、当事者の意思に合致するものであると認められる。したがって、本件売買残代金債権の取得者は原告とみ子及び同寛であり、このことを前提として行われた本件処分は、適法なものである。

三  争点3(本件賦課決定処分等は適法か。)について

1  国税通則法六五条四項は、納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちにその更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められるものがある場合、当該事実に基づいて計算された税額については、過少申告加算税を課さない旨規定している。そして、右「正当な理由」とは、申告当時適法と見られた申告が、その後の事情の変更により、納税者の故意・過失に基づかずして過少申告となった場合のように、真にやむを得ない理由を意味するのであって、単なる納税者の税法の不知・誤解はこれに該当しないものである。

2  本件において、原告らが、本件相続財産は本件土地であるとして申告を行ったのは、本件のような場合には相続財残は本件売買残代金債権になることを知らなかったからにすぎないから、国税通則法六五条四項の「正当な理由」がないことは明らかである。そして、本件賦課決定処分等は、前記認定のとおり適法な更正処分を前提としたものであるから、適法である。

四  以上判示したところによれば、原告らの請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 佐藤哲治 裁判官 達野ゆき)

物件目録

一 所在 愛知県大府市大東町一丁目

地番 六番

地目 田

地積 一七五・〇〇平方メートル

二 所在 愛知県大府市大東町一丁目

地番 七番

地目 田

地積 二〇一・〇〇平方メートル

三 所在 愛知県大府市大東町一丁目

地番 四二番

地目 公衆用道路

地積 五九・〇〇平方メートル

別表1 課税処分の経緯

〈省略〉

別表2の1

課税価格等の計算 原告 深谷とみ子

〈省略〉

別表2の2

課税価格等の計算 原告 深谷寛

〈省略〉

別表2の3

課税価格等の計算 原告 深谷美智子

〈省略〉

別表2の4

課税価格等の計算 原告 深谷善永

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例